
製麺機メーカーのトップである私がカフェに興味を持ったのは、パリの街並みをつぶさに見て回ったときのことです。パリの街の至る所にある多くのカフェは、朝から賑わっており、ランチタイムも、アフターランチも、デイナーまでも、ずっとお客さまが一杯いたのです。もし、日本の麺専門店でもこのようなことが出来たら、店舗の効率も良くなり、投資回収が早くなり、お店の経営者にとって、お店の運営が楽になり、同時にお客さまにとっては食事を楽しむだけでなく、素晴らしいコミュニケーションの場が生まれるのです。
私も製麺機ビジネスに約40年間携わってきて、かってのうどん蕎麦店のような麺専門店の強みは昼に強いことだったのですが、生産年齢人口の減少と共に、この強みの発揮が難しくなり、夜に弱い弱点とともに、以前と比べてうどん蕎麦店ビジネスが魅力あるビジネスではなくなっていたのです。うどん蕎麦店ビジネスの強みを再度発揮させるために、どのような取り組みがあるのだろうかと、そのような疑問をずっと持っていたときに、すでに当社のユーザーさまである、町田の「カフェ中野屋」さまが、すでにカフェとうどんの融合で大成功していたのです。
「カフェ中野屋」さまは、もともと和菓子屋さんだったのですが、その後、洋菓子、カフェと業態を進化させ、カフェを始めた時に食事メニューとして、オーナーが好きであった手打ちうどんを取り入れたのです。手打ちうどんを取り入れてみると大成功し、手打ちだけでは間に合わなくなり、当社の真打ちを導入されたのです。 普通のカフェであれば、うどんではなく、スパゲッテイ或いは、パスタを使うところですが、「カフェ中野屋」さまは、うどんで取り組んだことにより、他店とは圧倒的な差別化を行なうことが出来たのです。
普通は、カフェの場合、うどんメニューを取り入れても、冷凍麺を使う場合が多いのですが、「カフェ中野屋」さまは、最初は手打ちで、その後は本格的な製麺機での自家製麺を行なったのです。このような際立った個性こそ、「カフェ中野屋」を大成功に導く要因ではなかったかと思います。
そして、「カフェ中野屋」さまでは、売上の約半分がうどんメニューで、もし、カフェではなく、うどん店として営業しておれば、他のうどん店同様、昼しかお客さまが来ないのですが、「カフェ中野屋」さまでは、朝から夜まで、お客さまが途切れることがないのです。
そのようなカフェの強み、うどんの強みを融合させた店舗をすでに完成させている未来型の店舗が、出来上がっていることにたいへん驚きました。それから、私はロンドンに行っても、パリ、NY、LA、シンガポール、香港等々、世界中どこの都市に行っても、常にカフェに注目してきました。そして、成功しているカフェほど、スイーツとかドリンクだけでなく、シッカリした料理を提供していて、私が世界中のカフェを巡った中で、素晴らしいと思っているカフェは、LAの「Urth Café」で、料理のレベルが非常に高いのが特徴です。カフェこそが、これからのわれわれのビジネスの可能性を大きく開いてくれる要素を備えているのではないかと思っているのです。
因みに、私が考える麺専門店の現状の課題は次の通りです。
1.昼は強いが、夜は弱い店が多い
2.サラリーマンをターゲットにしているので、客単価が低い店が多い
3.サラリーマンをターゲットにしていると、昼の一刻は忙しく、その後は来ないので、昼だけのために、多くの人材を投入しなければいけなく、採算を取るのが難しい
4.麺料理の中では、うどん蕎麦よりも、生パスタの方が人気が高くなってきている(特に女性客)
5.サラリーマンの人口が大きく減少している(生産年齢人口(15歳から64歳までの働き盛りの人口)は1995年がピークで、20年間で、約12%減少)
6.うどん、蕎麦、ラーメンを提供する店が、うどん、蕎麦、ラーメン店だけではなく、あらゆる業種で麺の提供を行ない、麺を提供しているライバルが無数に増えている
(事例)ファミレス、居酒屋、コンビニエンス、回転すし、スーパー等々
7.栄養の偏っているメニューが多く、健康志向のお客さまから敬遠される
以上が私の考える、麺専門店が現状抱えている課題で、今までの麺専門店では、昼中心のビジネスで、お客さまはサラリーマンが主体であったので、生産年齢人口の減少と共に、サラリーマンの数が減少し、既存のうどん蕎麦店等、サラリーマンをターゲットしているビジネスは、非常に厳しくなってきているのです。
サラリーマンをターゲットにしないで、シニアとか女性をターゲットにしているビジネスほど、特に高齢化が進んでいるローカルでは有利になり、当社のユーザーさまである、茨城県の「坂東太郎」さまとか、函館の「ラッキー・ピエロ」さまは、非常に有利なビジネス展開が出来ているのです。
次に、私なりに研究したカフェの持っている長所は次の通りです。
1.朝から晩まで、すべての時間帯でお客さまを集めることが出来る
2.メイン料理だけではなく、スイーツ、ドリンクを持っているので、来店頻度が高まり、客単価が 上がり易い
3.客単価の高い女性客を集めやすい
4.一刻に集中しないので、厨房の要員が少なくて済む
5.食事メニューだけではなく、ドリンクメニュー、スイーツメニューもあるので、食事時間以外でも気軽に訪問し、満腹であっても、利用することが出来る(お客さまのメリット)
6.単に食事をするだけでなく、お客さま同志の楽しいコミュニケーションの場を提供し、家庭でもない、職場でもない、第3の場所の提供を行ない、ストレスの多い社会のストレス発散の場の提供が出来る。
7.すでに企業をリタイヤーしたシニア世代の一番の課題は、時間のもてあましですが、そのような時間とお金にゆとりのあるシニア世代のコミュニケーションの場として、カフェはこれからの時代の大きな集いの場を提供することが出来る。
以上のようなカフェの長所について、私なりに考察を加えてきたのですが、パリのカフェの研究を長年行っている、飯田美樹さんが、『caféから時代は創られる』飯田美樹著という書籍を発刊し、カフェについて深い造詣を持っていることが分かりました。以下に、パリのカフェについての飯田さんの文章を引用します。
「カフェ、とは一体何なのでしょう?コーヒーが飲める店、通りに溢れてる飲食店、それが一般的な認識でしょう。私がここでカフェ、という時、そのイメージは少し違います。カフェとはそこでお茶やコーヒーを飲み、ほっとして、人が出会い、人生が少し上向きになる。そんな場だととらえています。カフェに行けば誰かの目を気にすることなく、本来の自分になれる。そこで誰かと出会って会話をした時、思いもがけない素敵な時間が流れてく。 慌ただしい人生の中でほんの少しの自由を手にしたちょっとぽっかりとした時間。そんな時に予期せぬ何かが降ってくる。
実はそれこそが人生で本当に大切なものであることも。カフェは不思議な力をもっています。巷に溢れる大方のカフェはただ「コーヒーを飲む店」でしょう。ところがカフェが本来の力を発揮し、そこに来る人たちと絶妙な相互作用をした時に、歴史にすら名を刻むような何かが生まれることがあるのです。あたたかく、懐の深いカフェは様々な人を受け入れます。そんな場とその場に流れるあたたかさに出会った時、人生は変わり始めるのかもしれません。
交差点ごとに1〜2軒のカフェがあるパリという街。大きめの広場となると、そのまわりには4〜5軒程のカフェがひしめき合っています。 パリのカフェはたいてい朝早くから夜遅くまで営業しており、エスプレッソやビールにワイン、サンドイッチやオムレツからステーキや煮込み料理に至るまで、自分の都合に応じて楽しめます。
多くのカフェには歩道に張り出されたテラスがあり、大きなひさしの下には何列にも渡って椅子が並んでいます。街行く人を眺めながら友人と会話をしたり、心ゆくまで考え事をしたり、パリのカフェテラスで過ごす時間は何とも言えない喜びです。
最近よく耳にするようになった「サードプレイス」という言葉。これはアメリカの社会学者、レイ・オルデンバーグが著書”The Great Good Place”の中で提唱している概念で、家庭(第一の場)でも職場(第二の場)でもなく、友人や知人達と気軽に落ち合える場を指しています。(「サードプレイスというものはバラエティに富んだ公共空間の総称で、常連客をもてなし、自発的で、堅苦しくなく、家庭や仕事という領域を越えた個人が楽しく集うことが予想されるような場所のことである。」)
もちろんカフェという場は歴史的にサードプレイスとして重要な役割を占めており、彼は特にパリのカフェについて「パリのカフェほどサードプレイスとして挙げやすい場は他にない」と述べています。
オルデンバーグもフランスへの羨望は隠しきれないようで、知人の言葉を借りてこう言います。「彼がフランスが好きなのは、誰もがアメリカよりもリラックスして生きているからだという。アメリカはもっとプレッシャーが強いのだ。フランス人は場の問題をとっくに解決してしまっている。
彼らの日常生活は確固とした3つの柱で成り立っている。家庭と職場、それから日中や夕方の食前酒の時間に友人たちと落ち合えるサードプレイスだ。 アメリカでは中流階級の人々は、家庭と仕事という2つの点だけでバランスをとろうと試みているのだ。」彼はアメリカの郊外宅地開発では人々が気軽にたまれるサードプレイスがほとんど無視されてきたことを述べ、それによって第一の場である家庭と第二の場の職場に対する期待と要求が度を越したものとなり、結果としてそれらのプレッシャーに押し潰されてしまう人たちが続出したと語ります。
家というプライベートな空間で人間本来の欲求を全て満たすのは始めから無理なことなのに、アメリカの消費社会は大きな家を買い、全てを購入すれば完全な幸せが手に入る・・・というプロパガンダを広めていったというわけです。現代社会で私たちは多くのストレスにさらされています。
それらの多くは実は社会的に原因のあるストレスなのに、解決策はあくまでも個人的なもの(ジョギング、瞑想、リラクゼーションなど)のみで、社会的な解決策は模索されてこなかったと彼は問題提起しています。人が羨むような大きな家に住みながら、何故か息苦しくため息をついてしまうのは、実は人間のもう1つの柱であるべきサードプレイスの欠如によるのでは?そこに行けば誰かに出会え、ちょっとした話ができ、そこを後にする頃には気分が上向きになっている・・・そんな場所が生活の一部にあったなら、それほど豊かなことはないのではないでしょうか。
ちなみにオルデンバーグは「サードプレイスという言葉はこれ以降、「インフォーマルパブリックライフの核となるセッティング(設定)」と我々が呼んできたものを意味するために使われる。」と書いています。つまり、彼にとっては、サードプレイスというのはインフォーマルパブリックライフの中核であり、サードプレイスだけが独立して存在するわけではないのです。
インフォーマルパブリックライフが充実し、かつその中に2−3カ所のサードプレイスがあるような界隈はそこを拠点として素晴らしい街がつくられるほどのポテンシャルを持っているのではないか、そう私は考えます。」
第三の場所は、スターバックスのコンセプトのように思われているのですが、実際は、パリのカフェではすでに昔から、カフェの第三の場所であったのです。そしてカフェは単に料理とか、ドリンク、スイーツの提供するだけの場ではなく、人びとの暮らし、文化に深く根ざし、人びとの生活になくてはならない存在であったのです。
日本でこのようなカフェ文化が根付くのは、まだまだ時間がかかりそうですが、飯田美樹さんのパリのカフェの研究は、私にこれからの麺ビジネスの大きな方向性を与えてくれたのです。
このようなパリに根付いたカフェ文化と、日本の伝統的な麺文化の融合した、新しい食文化を作り上げていくことこそが、われわれに課せられた大きな役割ではなかろうかと思います。
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